日光という地名の由来は、男体山(なんたいさん)のもとの呼び名である二荒山(ふたらさん)を「ニコウザン」と音読みして日光という文字をあてたとされています。
「日光を見ずしてけっこうというなかれ」という言葉があるように日光は見どころが多い文化の町です。日光といえば"東照宮"が有名ですが歴史の始まりは奈良時代にさかのぼります。天平神護(てんぴょうじんご)2年(766)、勝道上人が四本竜寺を建立したのが日光の始まりです。
日光の魅力と言えば、数々の史跡を訪ねると同時に豊富な自然と水に恵まれた大自然を存分に味わえることです。
平成11年(1,999)12月2日、世界遺産委員会が、"二社一寺"(日光東照宮・日光山輪王寺・日光二荒山神社)の建造物と境内地からなる「日光の社寺」を、日本で10番目の世界遺産に指定されました。(登録:12月4日)
日光というと日光市内方面のことを呼ぶ場合が多いのに対して、中禅寺湖や男体山周辺、さらに湯元方面までのエリアを奥日光と言います。どこからが奥かというといろは坂からよく見える「屏風岩-びょうぶいわ-」が境と言われています。(湯元エリア付近のみを奥日光と呼ぶ場合もある) 男体山は二荒山(ふたらさん)とも呼ばれ、その「ふたら」とは観音浄土の補陀洛(ふだらく(梵語))から出ています。「屏風岩の穴から現れる風神と雷神が年に2回あらしをもたらすから」という説もあります。 奥日光は男体山の噴火活動などにより劇的に地形を変えてきたエリアで、湖や滝、草原や湿原などが昭和9年に、国立公園に指定され、手つかずの自然が多く残る動植物の宝庫でもある。
戦場ヶ原の奥にあり、湯川の水源となる湯ノ湖、その北岸に開けた温泉街を湯元温泉(ゆもとおんせん)のあるエリアです。戦場ヶ原から国道120号でつながり、中禅寺温泉から戦場ヶ原経由のバスで30分ほどで到着します。また、戦場ヶ原のハイキングコースをさらに北上すると、湯滝、湯ノ湖の西岸を通って湯元温泉までもどります。
湯元温泉の歴史は古く、1,200年前にさかのぼります。日光を開いた勝道上人が延暦7年(788)に温泉を発見し薬師湯-と名づけたのが湯元温泉の始まりと伝えられる。
湯元温泉には古くから薬師湯、観自在湯、川原湯など9つの湯があり、共同浴場として9人の湯守(ゆもり)と呼ばれる人たちによって管理されてきた。残念ながら、現在これらの共同浴場はなくなったが、旅館やホテルが湯を引いて温泉客を迎えて います。
湯元温泉の泉質は硫化水素泉-。現在は湯ノ平湿原に源泉があり、温泉が湧出る様子を見ることができます。効能としては、神経痛、筋肉痛、冷え症、糖尿病などに効くとされています。
日光山内とは世界遺産の"日光東照宮・日光山輪王寺・二荒山神社"がある一帯を指します。日光市街とは大谷川が境となり、市街から日光橋を渡ると日光山内に入ります。
2つの神社(日光東照宮、日光二荒山神社)と1つの寺(日光山輪王寺)を、一般に"二社一寺"と呼びます。
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日光湯波 |
天女魚(あまめ) |
日光彫 |
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